高尾束紗さんは東京都大田区生まれ、 小学生の時から横浜市の大船で暮らす。 地元の高校を卒業し大阪にある辻󠄀調理師専門学校に進む。その当時はお笑いブームの真っ只中。ダウンタウンが好きだった高尾さんは実家を離れ、お笑いの聖地大阪で暮すことになる。あまり熱心な生徒ではなかったようで、調理実習では専ら鍋洗いを担当。精を出したのはハーゲンダッツのアルバイト。職場の仲間と力を合わせて仕事をすることに楽しさを見出したという。

専門学校を無事卒業し、日本に上陸して間もないフレッシュネスバーガーでアルバイトから始まり渋谷の並木橋店と六本木店の店長として充実した日々を送る。その後、新店舗の立上げや本社勤務も経験している。OLに憧れていた高尾さんは新宿にあった出版社に転職するが2年勤務したのち結婚を契機に退職し、町田市に引っ越している。

出産後に育児ストレスを解消しようとマラソンを始める。月300㎞、1日30㎞走り込むほど夢中になる。ベストタイムは3時間26分。過酷な走り込みがたたり足腰を痛めるとトレールランニングやロッククライミングにも挑んでいる。一方、高尾さんは小さな頃から絵を描くことが好きで結婚してからイラストの学校にも通ったそうだ。

自宅近くにあった洋菓子店「アトリエ・ドゥ・ミウ」でアイシングクッキーに出会う。この店で娘や友人の誕生日にはアイシングクッキーを特注していたそうだ。この店のアイシングクッキーは美味しいのはもちろん、絵心がある高尾さんが見てもデザインが抜群だったらしい。この洋菓子店が突然閉店になり、自分でアイシングクッキーを作ろうと決意する。一から学ぶためセミナーや講座も受講している。練習を重ね満足のいく作品ができるまで4年かかったそうだ。2015年に娘の学校でやったワークショップが作家デビュー。次は町田市中町にオープンしたばかりのメキシコ料理「NUB」でワークショップ開催する。そして今はコワーキングスペース「マチノワ」でワークショップや作品を販売している。また、町田の地中海料理店「コシード」では特製ノベルティとして販売を開始した。

高尾さんの活動は町田に止まらない。ファッションブランド「EZUMi(エズミ)」を展開する江角泰俊氏から新作コレクション発表会のノベルティとしてアイシングクッキーの制作を依頼される。江角氏から毎年のように制作を依頼されるし、そのコレクション発表会でノベルティを見たデザイナーからの制作依頼も相次いでいる。そのきっかけを作ってくれたのは大阪時代のハーゲンダッツのバイト仲間。都内のファッションメーカーのデザイナーとなっていた彼が高尾さんの作品を偶然見つけ、発表会のノベルティに使ってくれたのだ。その作品を見た江角さんがというわけだ。

美味しいこと、安全であることにこだわっている。デザインに偏る傾向が強いアイシングクッキーの世界では少数派なのかもしれない。 小さなお子さんから高齢者そして日本を代表する新進気鋭のデザイナーまで、幅広い人達に愛され支持されるのは「クッキー、一つ一つに真心こめて、アイシングクッキーの魅力を伝えたい」という強い想いが伝わるから。最後に「今、ワークショップに来てくれている子どもたちが大きくなった時、イベントのお手伝いやクッキーの制作に関わってくれたら本当にうれしい。それまで活動を継続していくことが目標です」と高尾さんは話してくれました。
(インタビュー・文/山本満)