廣田悠大 (町田市中町在住)

寄り添いを考える会
( 町田市中町3-10-6 COMMUNE BASE マチノワ)

廣田悠大さんは町田市つくし野に生まれ、小学生の時に町田市中町に引っ越している。町田第一中学校1年の頃から同級生から暴力を受け、病院に運ばれることもしばしばだったようだ。そして学校に居場所がなくなり不登校となる。母親に勧められ桜美林大学が開催していた「不登校生学習支援プログラム」に出会う。桜美林大学での週1回のスクーリングとeラーニングを組み合わせた学習プログラムは効果が大きかったようで、「自分も困っている不登校生の助けができる大学生になりたい」と考えるようになり、大学進学に向けて中学3年の一学期から学校に復帰する。この経験は廣田さんの生き方に大きな影響を与えることになる。

新設されたばかりの都立町田総合高校に一期生として入学する。現代社会や政治経済といった社会系の科目が好きだったようだ。写真部を立ち上げ、写真甲子園で関東13位になったことや写真部の仲間とダイヤモンド富士を写真にしたことが思い出に残るそうだ。 

高校生の時から不登校生学習支援プログラムでお世話になった倫理学を教える坂井教授のゼミに潜り込んでいた廣田さんは桜美林大学に進学し、一年生の時から不登校生学習支援プログラムにスタッフとして加わっている。支援される立場から支援する側に回った訳だ。引きこもりの状態が長く続いていた中学生に寄り添い、その子が立ち直った時は支援者として役立ったことを実感でき、とてもうれしかったそうだ。この支援プログラムへの思いは強く、事業が廃止されそうになった時は存続を学長に直訴したという。

大学3年の時に当時の文部科学大臣の学生秘書となる。不登校だった自身の経験から多様な学び方が認められていない日本の教育制度を変えたいという強い思いが議員秘書となった理由だ。単位を前倒しで取得していたため大学3年、4年の二年間は週のほとんどを衆議院議員会館で過ごし教育に関わる制度について学び、週1日程度、大学に通う生活を送った。

大学4年の時には政治の世界に進むことも考えたが、働きながら不登校生を支援する活動を続けようと考え、地元の企業に就職する。しかし、就職した企業は思いのほか忙しく、両立できなかったようで1年半で退職している。

退職してすぐに、社会福祉士の資格を目指し通信制の大学に入学。また、足立区から委託を受け不登校生支援施設のアダチベースの運営を担うNPO法人カタリバに入社する。更に、草の根市民基金ぐらんの助成を受け、不登校生の食育を行う「不登校生食堂」も始めた。来年から町田でフリースクールを開校させることも視野に入っている。

 廣田悠大さん25歳。まだ若いけれど、いじめ、不登校、不登校生支援、文部科学大臣秘書、寄り添いを考える会、不登校生食堂の立ち上げと苦しい経験とそれを糧として多くの活動を実行に移してきた。社会の課題に立ち向かう実行の人の今後に期待したい。

(インタビュー・文/山本満)