大谷光雄さんは酪農家の三男として町田市下小山田に生まれる。地元の小中学校を経て都立町田高校に進む。小さなころからソフトボールや野球が好きな少年だった。高校生の頃から教師の影響もあり歴史や哲学に興味を持つようになったそうだ。進学したのは法政大学社会学部。その頃は70年安保闘争やベトナム反戦運動に連なる学生運動の終盤期、学生運動が盛んだった法政大学ではロックアウトで4年間の在学中に期末試験は1回しか実施されなかったそうだ。大谷さんも小規模なデモに参加した経験もあるし、べ平連の小田実や鶴見俊輔といった市民活動家の書物を熱心に読んでいたそうだ。

大学を卒業し町田市役所に就職する。「話し合い行動する市民がつくる社会を実現するために地方自治の現場で働きたい」という思いが強かった。町田第一中学校が最初の職場。次は企画課で住民票などの電算化に取り組み、新設された情報システム課でも図書館の電算化に取り組むなどコンピュータに関わる仕事にトータルで約10年携わっている。その後、職員課、農業委員会、建築指導課、市民病院の建設担当、市民相談室長と経験を重ね市民協働推進課長を経て市民協働推進担当部長で定年を迎えている。今は町田市地域活動サポートオフィスのスタッフとして活躍している。

町田市役所に勤務する傍ら大谷さんがライフワークとして取り組んでいるのが演劇鑑賞会の活動。きっかけは30歳の時に知人の紹介で「統一劇場」の町田公演を手伝ったこと。若い頃から新宿の紀伊国屋ホールや下北沢の本多劇場でつかこうへいや柄本明、佐藤B作の芝居や森繫久彌の「屋根の上のバイオリン」などの商業演劇にも足しげく通っていた大谷さんに声がかかった訳だ。多くの人に芝居を観てもらいたいと皆に声をかけ、町田市民ホールに600人を集め公演を成功させる。市役所の仲間100人ぐらいにチケットを買ってもらったそうだ。その公演が終わると演劇鑑賞会を町田に作ろうという動きが興り、大谷さんは準備会のメンバーになる。その当時、演劇鑑賞会の運動は盛んで、すでに全国に130もの団体が活動していた。準備会の発足は1984年2月。同年11月に地人会「早春スケッチブック」、1985年1月に文学座「マリウス」の公演を成功させる。この時点で準備会会員は700名を超えていた。「早春スケッチブック」では八千草薫や高橋幸治が、「マリウス」では渡辺徹や平佳恵が市民ホールの舞台に立っている。

準備会の成功を受け、1985年3月に町田演劇鑑賞会が正式に発足し、青年座「どん底」を上演する。この公演で会員が999名になり昼夜の2ステージで上演されている。大谷さんは鑑賞会が正式に発足した時は運営委員長、3年後には会長となり現在に至っている。会員は順調に増えていき、井上ひさしが座付き作家だったこまつ座の「頭痛肩こり樋口一葉」では会員が1500名を超え3ステージで上演している。しかし、娯楽の多様化もあり、全国的に会員が減少するという局面を迎える。設立17年目の2002年には会員が523名まで減少する。会員の減少に伴い3ステージから2ステージ、2ステージから1ステージに上演回数も減っていくことになる。昼公演が無くなり、夜公演だけの1ステージに移行したときは会員の抵抗が大きかったようだ。会の財政はいつも厳しく、赤字を役員が補填したこともあったし、劇団に支払う公演料を分割払いにしてもらうなど自転車操業が続いていたそうだ。そんな苦しい時も頑張ってこれたのは「どんな時も会費を毎月払って、演劇を観ようとする会員がいたから。止めるわけにはいきませんでした。」と大谷さんは当時を振り返る。2016年2月には法人化し、特定非営利活動法人町田演劇鑑賞会となり活動の社会的基盤を作っている。地道な会員増強活動を続け会員を700名近くに回復させ、2020年2月の公演「黄昏」から2ステージに移行させている。それに伴い会員増強を更に進め、会員は800名を超えた。当面の目標は会員1,000名。将来は定員860名の町田市民ホールで昼夜の2ステージが余裕で上演できる1,500名を目指している。

大谷さんに思い出に残る演目を聞いてみた。小沢昭一の一人芝居「唐来参和(とうらいさんな)」、文化座「青春デンデケデケデケ」、「おりき」、こまつ座「頭痛肩こり樋口一葉」、青年劇場「翼をください」を挙げてくれた。いずれも日本の演劇史に残る秀作。いかに良質な芝居を町田の市民に提供し続けてきたかがわかる。特に文化座の「おりき」は老婆役で有名な鈴木光枝が主役の芝居。信州の農村が舞台で、百姓の生活や農作業をよく知る町田の観客からの拍手で会場が沸き立ったのを今も鮮明に覚えている。観客が喜ぶ姿を見て、しみじみと、鑑賞会を続けてきて良かったと思ったそうだ。

日本の演劇、特に新劇は全国の演劇鑑賞会が無くては成り立たないと言われている。演劇鑑賞会は日本の文化を支えているといえる。この町田の地で演劇鑑賞会の活動をいつまでも続け、心安らぐ芝居を、現代の価値の多様化した不透明感のある生活の中に希望を見出すような芝居を上演し続けてもらいたいと願う。
会員、サークル、役員の力を結集し、35年の長きにわたり町田演劇鑑賞会の活動を続けてこられたことに敬意を表したい。大谷さんのような人達の地道な営みの積み重ねが日本の地域や文化を創っているのだと実感したインタビューでした。
(インタビュー・文/山本満)