インタビュー 伊藤邦茂さん

伊藤邦茂 / バスケットボール

町田市高ヶ坂在住
トルネードアカデミー町田・多摩

伊藤邦茂さんは東京の中目黒に生まれ、5才の時、町田市高ヶ坂に転居してきている。
第六小学校では地元のサッカークラブに、第二中学校でバスケットボールを始める。バスケットボールを始めたのは中学校にサッカー部が無かったこともあるが、母親がマイケルジョーダンの大ファンで一緒にTVで試合を見たのが始まりだった。ジョーダンにまつわる本もたくさん読んだ。プレーに魅了されたのは勿論だが、生き方や人間性に強く惹かれたそうだ。生来の負けず嫌い、高い壁を乗り越えるためにはどんな努力も惜しまない。そんなジョーダンが人生の目標になった。マイケルジョーダンみたいになりたい。だから、NBAの選手になると心に決めたそうだ。そして、今もそれは変わらない。

高校でもバスケットボールに打込みたかったが学校や教師の理解が得られず、一人、高校裏の公園にあったコートで毎日のように練習したそうだ。高校を卒業してもバスケットへの夢は募るばかり。アルバイトを続けながら巧い選手を探してはいろいろなクラブチームで練習を続けた。

21歳の時、「ヒューマンアカデミー大阪校バスケットボールカレッジ」が開校し、その一期生として入学する。ここで出会った米国でバスケットを学んだという同級生がめちゃくちゃ巧くて、本場米国でバスケットボールを学ぼうと決意する。カレッジを1年で退学し渡米。行先はオレゴン州にあるUSBAインターナショナルスクール。ここで3か月間、アメリカや中国の選手と練習漬けの生活を送る。経験したことのない刺激的な体験だった。全寮制で日本人は一人だけ、凄い練習量、指導の方法も指導者も抜群だった。日本は最初から最後まで怒ってばかりの指導者がたくさんいるのに、アメリカではそれがなかった。その指導の違いに驚いたし、良い選手がたくさん育つ理由がわかった。伊藤さんもコーチから叱られたことは一度も無かったそうだ。

卒業すると2009年にIBLリーグに日本人だけのチーム「日本トルネード」が結成され伊藤さんはメンバーとして迎えられる。2012年、2013年には外国人も加わりキャプテンとしてチームを牽引する。2013年のシーズン途中で「セーラムセーバス」にスカウトされチームを移っている。IBLリーグのシーズンは春から夏にかけての3か月間。ノーギャラで移動も自家用車という過酷な条件だがここで認められればNBAへの道が拓けるのでみんな必死。
2014年、2015年、2016年の3年間はABAリーグの「キットサップアドミラルズ」で活躍する。
シーズが終了すると日本に帰国し、米国での活動資金を稼ぐという生活を続けた。幸いにも町田にあるスポーツクラブが1年の内、3~6カ月は職場を離れるという伊藤さんを快く受け入れてくれた。それには今でも感謝しているそうだ。

こうした活動と並行して、小中学生を対象にしたバスケットスクール「トルネードアカデミー町田」を2013年に開校し活動を続けている。会場は小学校、中学校の体育館。今は「トルネードアカデミー多摩」も開校させている。バスケットスクールではスキルだけでなく、礼儀やしつけを大切にしている。

今後は日本人が一度も加わっていないアフリカや中東などのリーグでプレーしたいと思っている。そうした国々と日本をつなぐ架け橋になりたいし、その姿を町田や多摩の子ども達に見せて、子ども達の世界を広げてやりたい。
バスケットを通じた世界平和の実現を人生の目標に伊藤さんの活動は続いていく。

これからも幼いころから憧れたマイケルジョーダンへの思いを大切にし、一日一日を大切にし、豊かな人生を送っていきたいと伊藤さんは話してくれました。
(インタビュー・文 / 山本満)