今井雄人さんは1994年米国ニューヨーク生まれ。1997年に帰国し、小学校1年まで相模原市で暮らす。父親の転勤に伴いシンガポールへ。小学校2年から中学校1年までを過ごしている。
小学2生から中学1年という多感な少年期を過ごしたシンガポールではほとんどの生徒が日本人駐在員の子弟という日本人学校で学んでいる。
2006年に帰国し、入学した公立の中学校はヤンキーがたむろする荒れた中学校で、今井さんは大きなショックを受ける。両親は心配して私立中学を勧めたらしいが、自宅の近くにあった中学を今井さんが選んだそうだ。
中2、中3の二年間は勉強も部活のバスケもそこそこのおとなしい中学生。ヤンキーに囲まれて、おとなしく時間が過ぎるのを待つような学校生活だった。
八王子にあった私立高校に進学する。この高校は大規模校で可もなく不可もなくの刺激の少ない退屈な高校だったようだ。ラクビ―部に入ってウイングとして活躍したのが思い出に残っている。
一浪して法政大学経済学部に進学する。ここでは馬術部に入部している。
3年時に米国カリフォルニア大学デービス校に短期留学する。
この留学が今井さんの転機となる。
英語の成績が良かった今井さんは、企業から派遣されてきた社会人が集るクラスに振り分けられる。
周りは企業から選抜されて入学してきた語学も学問もできる社会人。最初の1、2月は専門用語もサッパリ理解できず、クラスの最下層。
時間を惜しまず予習、復習で挽回していく。貪るように教材を読み込んだ。分からない用語は逐次辞書を引いた。まさに寝る間も惜しんで。
終了時には英語で成果発表できるまでになったそうだ。この経験が今井さんを教育の分野に進ませる。
大学を卒業し、静岡にある鈴与商事に就職する。山梨と愛知でプロパンガス営業を3年やって退職する。入社する時から、教師になることを決めていたので予定の行動だった。
法政大学教育学部通信課程に入学。昼間は塾の講師。
卒業後、横浜市にあった私立の女子高に就職する。
米国留学時代の気付きをベースに、理想の教育を実現しようと意気込んで入った教育現場だったが、自分が理想とする教育は組織では実現できないと思い1年で退職する。
今井さんは米国時代、追い込まれ、教材を貪り読み、英語や経済学の知識を獲得していった。
「人に教えられて知識を身につけることはない。知識は自ら獲得するものだと実感しました。」と今井さんは話す。
現在、今井さんはマンツーマンのコーチングのような形で生徒をサポートしている。
最後に今井さんが生徒をサポートする上で大切にしていることについて聴きました。
其の一.まずは自分を知る
今、自分にはどのような問題があるか、どのような目標があるのかを知ることが大切です。また、自分の得意なこと苦手なこと、好きなこと嫌いなことを知ることも。
ここからすべてが始まります。
其のニ.教材を自分で選ぶ
教材を選ぶ際、大事なのは「分かりやすい」とか「売れている」教材はではなく、「明日もできる」教材を選ぶことが大事です。
継続ができなければ意味がありません。教材選びは他人ではできません。自分にしか分からないのです。
其の三.失敗を好意的に捉える
失敗することを好意的に捉えられるように訓練します。
失敗をするということは新しい知識が手に入ったという証なのです。
だから勉強する際は間違えることを歓迎したほうがいい。それを改善すれば間違えなくなる能力が身につくのです。
其の四.勉強の方法を転用する
一つの科目だけでも継続をしていけば徐々に自分のやり方が見えてきます。
その方法がきちんと自分の中で理解ができていれば他の科目でも転用できます。得意なことで得たノウハウを他に転用するのです。これは勉強以外でも可能です。
其の五.動機づけ
自分は何のために勉強をするのかを考え、将来の展望を見据える。 勉強する目標がわかれば、自ら進んで勉強するようになります。
私が勉強を指導するうえで最も大事にしていることを集約すれば「失敗を歓迎すること」「知行合一」の二つです。
知識を得るだけでは意味がない。知識を得た後はたくさん行動をして、できればたくさん失敗をしてほしい。失敗をすれば改善ができる。改善ができれば能力が上がる。これを繰り返せばどの分野でも成功するのは難しくはないのです。
(インタビュー・文 山本満)

