インタビュー 添田路子さん
添田路子(町田市在住)
添田路子さんは鎌倉市大船で生まれ、3歳で二宮町に。5歳の時、平塚市にあった教室に通いクラッシックバレエを習い始め、小学校6年までの6年間クラッシックバレエに打込む。
中学からは父親の強い勧めもあり、学校の陸上部に入り活躍する。父親は市民ランナーとして名の知れた存在。その父親から「お前は体格も性格も陸上向き」と言われたようだ。
高校3年生の時、神奈川県大会3,000メートルで8位入賞。その様子を見ていた神奈川県内の実業団チームから創設メンバーの一人として迎えられる。
最初の配属は人事部教育研修室。午前中は桜木町の本社でデスクワーク、午後から練習。陸上部が徐々に成績を上げるようになると月の半分くらいが合宿で朝から1日中練習するようになる。
実業団時代の思い出は関東選手権3,000メートルで優勝し、全国の精鋭が集まる日本選手権に出場したこと。添田さん、実はこの関東選手権で集合時間に遅刻。結果を出さなければ選手としての信頼を失うと必死なって走ったら優勝したという。火事場の馬鹿力といったところか。
まだまだ記録が伸びる入部3年目で戦力外通告を受ける。退社することも考えたが普通の社員として残り、窓口業務や外回りの営業もやったそうだ。
自分ではまだやれると思っていたので、走ることは止めなかった。平日は実家から店舗までの10キロを走って通勤。夜はジムでトレーニングという毎日。走らないと落ち着かない依存症のような状態だったという。そして、週末には六本木や麻布に繰り出して夜のクラブ遊び。
地に足を付けた普通の生活がしたいと思うようになり結婚し、会社も退職する。25歳の時だ。同時に走ることからも遠ざかっていく。
夫は生粋の町田っ子だったので、結婚と同時に町田暮らしが始まる。町田には友人も知人もいない。結婚して間もなく出産し、子育てに追われる毎日。パートタイムの仕事も忙しく、心身のバランスを崩してしまう。走ることを止めてしまったことも影響したのだろう。
そんな時、ヨガに出会う。前から何となく気になっていたそうで、先ずはヨガのDVDを購入し、毎朝、毎晩、家のリビングで1年半。誰かに見て欲しいと思うようになり、フィットネスクラブのヨガ教室にも通う。
もっとヨガを知りたいとの思いが募り、代々木のヨガスクール「アンダーザライトヨガスクール」に入学。ここは全米ヨガアライアンスという資格が取得できる公式認定校。
添田さんは1年半ぐらいをかけて瞑想法、呼吸法、ヨガ哲学、ヨガ解剖学、ヨガ指導法などヨガに関する知識とメソッドを学ぶ。
スクール終了後は、ヨガを多くの人達に伝え広めていくことに力を注いでいる。
最初は公民館の和室を借りて、ママ友、近所のお弁当屋さん、陸上部時代の仲間に声を掛けて開催した。その教室は今も続いているそうだ。
更に湘南ベルマーレ所属のトライアスロン選手やフットサルのプロアスリート向けのレッスン、鶴川では陶芸とコラボしたワークショップ、町田シバヒロでは星空観望会とのコラボイベントと多様なヨガクラスを提供している。
今後も自身のヨガを極めていきたいし、ヨガの世界を多くの人達に知ってもらうための活動を続けていきたいと思っている。
(インタビュー/文 山本満)